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ふたごやまこふん
二子山古墳
【FUTAGO-YAMA tumulus】
探検日(写真撮影日)  平成12年04月22日
データ作成日  平成15年05月17日
最新データ更新日  平成16年09月27日

築造年代6世紀初史跡指定国指定史跡 埼玉古墳群
昭和13年9月15日
所在地埼玉県行田市埼玉5170
さきたま風土記の丘
アクセス行田市古墳地図
電車バス等の行き方の詳細は
さきたま風土記の丘
古墳の概要

↑前方部から。前方部が発達したタイプの前方後円墳であることが分かる。
 
【種類】
前方後円墳

【サイズ】
全長:138m
後円部直径:70m
後円部高さ:13m
前方部幅:9m
前方部高さ:14.9m

埼玉古墳群中の一基。

県内では最大。
 


 
出土遺物埴輪・土師器・須恵器
埋葬施設 不明。

【被葬者についての説】
武蔵国造であった『笠原直使主(かさはらのあたいおみ)』の墳墓であるという説もある。

日本書紀では、534年、武蔵国造の座をこの『笠原直使主』と同族の『小杵』が争い、朝廷の力を借りた『笠原直使主』が国造の地位を守り、朝廷に屯倉を献上したと記されている。

古墳群から10qも離れていない行田市の隣接する鴻巣市に笠原という地名があり、『笠原直使主』や小杵の一族がいた場所であり、さきたま古墳群が『笠原直使主』ら国造の一族が眠っている墓所と言われている。
周辺施設

長方形の二重の周堀が巡る。

西側中堤・墳丘西側くびれ部に造出があり、儀式に使われたと考えられている。



現在は水堀になっているが、築造当時には水は張られていなかったとされている。

その他 観音寺山とも。

  


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古墳☆参考文献の書庫 《関東》

 

さいたま古墳めぐり―古代ロマンの70基

古代ロマンの70基

著者:宮川進
出版社:さきたま出版会/ さきたま双書
サイズ:全集・双書/175p
発行年月:1997年09月
価格:税込1,575 円

古墳を訪ねてみませんか/金錯銘鉄剣…謎も超一流―さきたま古墳群/関東の石舞台―八幡山古墳/県内唯一、線核画のある―地蔵塚古墳/将軍山古墳と肩を並べる―小見真観寺古墳/シェイクスピア劇を思わせる―真名板高山古墳/東武線のこんなすぐそばに―毘沙門山古墳/利根川を挟んで毛野をにらむ―永明寺古墳/加須低地のへそ―鶴ケ塚古墳/赤城山と日光男体山を背景に―樋遣川古墳群〔ほか〕

鉄剣銘一一五文字の謎に迫る・埼玉古墳群

シリーズ「遺跡を学ぶ」

著者:高橋一夫
出版社:新泉社
サイズ:単行本/93p
発行年月:2005年06月
価格:税込1,575 円

世紀の大発見といわれた埼玉県・稲荷山古墳出土の金錯銘鉄剣。銘文に記された「ワカタケル大王」とは、鉄剣の主「ヲワケ」とは、そして被葬者はだれなのか。銘文の内容を埼玉古墳群全体の考古学的検討から明らかにし、古墳を築造した武蔵国造一族の盛衰に迫る。

【目次】
第1章 鉄剣銘文の発見(サビの中に金色に輝く文字が/銘文一一五文字の解読)/第2章 稲荷山古墳を掘る(墳頂部に未盗掘礫槨を発見/鏡や武具・馬具など多彩な副葬品 ほか)/第3章 埼玉古墳群の出現と変遷(埼玉古墳群の成立基盤/辛亥銘鉄剣の真相 ほか)/第4章 埼玉古墳群造営一族の三重構造(二系統あった武蔵国造一族/畿内大王墓の墳形を採用 ほか)/第5章 埼玉古墳群の終焉(周辺に大型古墳が出現/武蔵国造一族の解体)

 

 


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